スモール・ビジネスにとって、経済の不確実性は、パンデミック前の状況は言うに及ばず、たとえ最も良い時期であっても、重大な懸念となり得ます。この不確実性は、財務リーダーが資金がどこでどのように使われているかをより的確に把握したいと考える大きな理由であり、財務モデルの構築はその実現のために重要な分野です。
財務モデリングとは
財務モデルは、将来のビジネス・パフォーマンスを予測するために使用されます。ビジネスの大小を問わず、財務モデルは多くの場合、スプレッドシートやより高度な財務モデリング・ソフトウェアを用いて構築されます。企業の財務諸表を数式で結びつけ、特定の前提条件に基づき将来の財務実績を予測します。モデル構築の担当者は前提条件を変更することで、ビジネスの計画や利益にどのような効果があるかを確認することができます。
財務計画の文脈では、前提条件とは、過去の数字、傾向、外部条件、業界や市場のデータに根ざした、高度な知識に基づく推測です。
財務モデルがスタートアップやスモール・ビジネスにとって重要な理由
経済状況にかかわらず、ビジネスは必然的に課題に直面したり、予期していなかった機会を見出したります。たとえば、サプライヤーが納期通りに製品を納入することが困難な可能性があるとか、ビジネスが自然災害の影響を受けている可能性があるといった状況です。最大の顧客は競合製品に移る可能性がある一方で、ビジネスを倍増させる可能性もあります。新しいビジネス・モデルが思いがけず軌道に乗ることを目の当たりにすることさえあり得ます。このような事態の結果を分析できる財務モデルを開発することで、そのような事態や類似したシナリオが発生した場合に対処するための準備をより万端に整えることができます。
異常事態によるビジネス・インパクトを考慮したモデルを構築することで、異常事態が発生した場合にどのように対処するかを検討することができます。予測可能な変化への対処方法を理解することを支援するモデルを開発することで、予想外の課題に先手必勝で対処することができます。
最も高いレベルのビジネス・モデルは、次のような場合における行動の把握を支援します。
- 収益がこの1年程度横ばいで推移
- 直近と比較して需要が大幅に増加
- 需要が大幅に減少
それぞれのシナリオにおけるキャッシュフローと製品需要が売上に対して持つ意味合いは、財務からマーケティングに至るまで、会社の各部門に影響を及ぼします。このモデルは、需要の急増や減少を管理しながら顧客の満足度を維持するために取るべき措置の決定を支援します。
船が沈没している最中に救命胴衣が何着あるかを数えるような事態は避けたいものです。同様に、クルーズの人気が急上昇して客室が足りなくなる事態も避けたいところです。
想定されるビジネス状況の変化を考慮した事業計画は、準備態勢を整えるだけでなく、貸し手、投資家、買収者に対し、不利または予想外の状況下でも事業を成功させ続けるために必要なことを考え抜いたことを証明します。
財務モデルの構築は、スモール・ビジネスにとっては気後れすることになる場合もありますが、絶対的に必要なことです。将来起こりうる結果に備えるだけでなく、スタートアップは財務モデルを利用して、製品やサービスに対しする請求額をいくらにすれば利益を上げることができるかを判断することができます。財務モデルはまた、計画に対する実績を追跡することで、優れた財務規律を確立する鍵にもなります。
さらに、企業が融資や投資を必要とする場合、スタートアップやスモール・ビジネスは、貸し手や投資家が必要とする財務予測を作成するための財務モデルを構築する必要があります。
財務モデルのタイプ
ある程度歴史のあるスモール・ビジネスでは、過去の財務データと業界や市場レポートからの情報を組み合わせてデータ・モデルを構築することができます。しかし、スタートアップは、販売履歴や顧客満足度の測定基準がほとんどない、あるいは全くないため、財務モデルの基礎として使用するデータを見つけるという問題に直面することがよくあります。一部には、 オーストラリアのように、税務当局が、ガイドとして使用できるパフォーマンス・ベンチマークを提供する(opens in a new tab) 国もあります。.地元当局がそうしたものを提供していない場合は、業界や市場調査を参考にして、隣接する市場のビジネスの全国平均を入手することができます。数値には、あらゆる業界の標準的な収益費用、直接売上原価に起因する収益の割合、また収益の何パーセントが間接費になるかを含めることができます。
財務3表モデル
最も重要な財務モデルであり、他のすべての財務モデルのベースとなっているのが、財務3表モデルです。財務3表モデルは、3つの主要な財務諸表である損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書を前提条件とスプレッドシートベースの数式で結びつけ、指定された期間の予測を作成します。これは収益から始まり、費用、債務者数、債権者数、固定資産なども計算することができます。
スプレッドシートで財務モデルを構築する従業員は、損益計算書（収益と費用を示す）、貸借対照表（資産と負債の詳細を示す）、キャッシュフロー計算書 （入金と出金）、資本的支出、および減価償却費の各タブを作成し、既存のビジネスの明確なイメージを確立します。財務の専門家は、これらの履歴の数値を使用して予測結果を推進する主要な前提条件を策定し、スプレッドシートベースの数式を適用して予測を行うことができます。製品に対する需要の変化が、収益の増加と売上原価（COGS）に及ぼす影響とはどのようなものでしょうか。
損益計算書では、前提条件に、収益予測（平均受注額から返金／値引きを差し引いたもの）、平均受注額、収益率としての返金、収益率としての値引き、収益率としての売上原価（COGS)、収益率としての運用費を含めることができます。
3表財務モデルの準備ができたら、他の財務モデルを適用して様々な前提条件の影響を予測することができます。
感度分析またはWhat-If分析
このようなモデルは、販売価格、サプライチェーンコスト、固定費、予測売上高、配送コスト、その他の変動数値などの前提条件の変化の影響を示します。感度分析モデルは、一般的に一度に1つの変数を変更し、その変更の影響を示します。例）梱包の価格や広告予算を変更すると、予測にどのような影響がありますか。企業が平均販売価格を変更しても、収支を合わせることは可能ですか。
このため、感度分析はwhat-if分析とも呼ばれます。数値を精査する担当者に、行った仮定の信頼性を検討するように促します。例）実際の結果が予期していたものと大きく異なる場合はどうなりますか。予測または予想に最も大きな影響を与える要素はどれですか。
シナリオ分析
この財務モデルは、感度分析と密接に関連していますが、すべての変数または多くの変数を同時に変更する必要があります。シナリオ分析では、過去に起こったことと、将来起こる可能性があること(企業に長期的な影響を及ぼす大きな変化を含む)を調べます。これには通常、ベースケース、ワーストケースおよびベストケースのシナリオが含まれます。シナリオ分析は、例えば、新型コロナウイルスのパンデミック、自然災害、企業の総売上高に対する重要顧客の喪失の影響などをモデリングするために使用することができます。
戦略予測モデル
ビジネスは、戦略予測モデルを使用して、検討しているさまざまな取り組みが長期的な戦略目標にどのように影響するかを確認します。長期予測とも呼ばれるこのモデルは、組織が企業プロジェクト、財務の取り組み、マーケティングおよび分析計画の長期戦略への影響を評価することを支援します。たとえば、企業は戦略的予測モデルを使用して、2番目の製造工場の開設、別の国での店舗の建設または新しい製品ラインの発売の費用と潜在的収益を予想できます。これにより、これらのプロジェクトを追求することが企業の最大の利益になるかどうかを判断できます。
ディスカウント・キャッシュ・フロー分析
今日の1ドルは、2年後の1ドルよりも常に価値があります。何もしなければ、ビジネスは毎月予測可能な金額の収益を上げ、キャッシュ・フローは把握されています。将来、新たな収益ストリームを生み出す投資を今行った場合、その将来の金額は、ドル・ベースで、現在費やしている金額ほどの価値はありません。
たとえば、新しいオフィスを開設したり、新しい設備を購入したり、在庫を買い足したりして、その資金をビジネスに投資する代わりに、その資金を投資して利益を得ることができます。また、銀行に預けて利息を得ることもできます。そこで、現在の投資の価値を知るためには、将来得られると見込まれる金額を値引きする必要があり、ここでディスカウント・キャッシュフロー分析の出番となります。
厄介なのは、適正なディスカウント率の決定です。たとえば、一定数量の製品を購入するために5年契約を結ぶ準備ができている顧客がいる場合、それは新たな投資の基礎となります。その顧客のビジネスが堅調であるかぎり、その会社が5年間一定額の収益を得ることは確実です。他の確実なもの(5年物国債など)の利率を使用して、ディスカウント・キャッシュ・フローを決定できます。
見積投資回収率が当初の期待の90%だった場合、ディスカウント率はそれを反映する必要があります。このように、ディスカウント率は、投資した場合に得られるものと、市場の動向または独自の体験(あるいは両方)に基づくリスク測定の両方を反映します。そのディスカウント率を使用して投資の正味現在価値を計算します。プラスの場合は、適切な投資を行っています。
新型コロナウィルスのパンデミック中に多くのセクターで設備投資が行われなくなった理由のひとつは、将来のビジネスに関するリスク要因です。当時は、パンデミックがどのように進行し、ビジネスや経済に長期的にどの程度の影響を与えるのか、誰にもわからなかったため、ほとんどのケースにおいて、適切なディスカウント率を見積もることは非常に困難でした。
投資の正味現在価値を計算することは、適切な投資かそうでないかを判断する最良の方法です。ただし、計算の質は、適切なディスカウント率を設定する能力に大きく依存します。
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スモール・ビジネス向け基本財務モデル
これらは、企業業績の理解を支援するモデルです。
- 財務諸表： 財務諸表の予測を含む有用な財務モデルは、銀行、投資家、政府、監査人など全体にわたり企業の財務実績を伝える最良の方法です。
- 収益： これにより、ビジネス・オーナーが支払いを受ける方法とタイミングがわかります。ビジネス・オーナーは、価格の付け方、顧客の支払い方法、顧客の購入頻度などを把握できるように、これらのことを理解しておく必要があります。
- 成長マージン：収益で顧客に請求する金額のうち、製品やサービスを提供するために使われる金額と残りの金額です。これにより、ビジネスをサポートし、拡大し、利益を上げるための資金があるかがわかります。
- 運用費： 実際の事業運営にかかるコストを指します。サポート、マーケティング、管理コスト、サービス、ソフトウェアなどにかかる金額はいくらでしょうか。
- 運転資本： 多くの起業家やスモール・ビジネス・オーナーは、事業を開始したり、新しい事業部門に拡大するにも資本や資金が必要であることを認識していません。ビジネス・オーナーは、営業利益や売上総利益を支払った後、最終的に事業を支えるのに十分な資金を得るためには、顧客からどれだけの収益を上げる必要があるのかを理解する必要があります。
- 投資または資本的支出： これは通常、スモール・ビジネスが資金を調達、または銀行に融資や与信枠の拡大を相談する必要がある場合に合計が出されます。ビジネス・オーナーは、投資家が迅速に投資に対するリターンを得られるようにサポートできることが必要です。
財務モデルがビジネスに伝えること
財務モデルがあることは、投資家や貸し手にビジネスの健全性を伝えるだけでなく、意思決定を改善し、最終的にはより適切なビジネス管理を促進することができます。スモール・ビジネスでは、財務モデルにより、収益モデルが健全であることを確認するいくつかの基本的な質問に回答することができます。
3表財務モデルは、スモール・ビジネスによる予算策定と、その予算に対する実質の支出の追跡を支援します。これにより、キャッシュ・フローが減速する可能性の確認やコスト削減の有無とタイミングの把握が容易になります。また、財務モデルは、収益、合計顧客数、その他のKPI に関する特定のマイルストーンを達成するために、いつ、どれくらいの支出が必要になるかを組織が計画および予測することを支援します。
たとえば、画像やテンプレートの容易な作成を支援するグラフィック・デザイン・ソフトウェアを提供する企業であるCanvaは、財務モデルに2つの前提条件、すなわち従業員数と有料サ ブスクリプション数を使用しています。アクティブ・ユーザー数が一定数増加すると、モデルは企業に別のサポート・エージェントを使用するように指示します。
財務モデルにより、ビジネスは財務諸表で予測を立て、収益成長、売上総利益、営業利益、税引前利益（EBIT）、利益率、純利益率などのKPIを追跡することも可能です。
スタートアップやスモール・ビジネスの財務モデルを作成するための8つのステップ
財務のエキスパートである Eric Andrews(opens in a new tab)氏によると、投資家のほとんどがスタートアップに4年計画の提示を求めます。銀行によっては、融資を受けようとするスモール・ビジネスに対して初年度について詳細な数字を示した5年先までの予測を見せるよう求めます。財務モデルを構築するには：
- モデルに対して色分けをします。前提条件を青で表示します（これは、番号が変更可能であることを伝える業界標準です）。黒で表示されている数字は、数式にリンクしています。
- 収益モデルに必要な基本情報の生成から始めます。例えば、商品を販売するサブスクリプションベースのビジネスの場合、1つのスプレッドシートのタブに、2つの主要な前提条件である広告支出と有料顧客獲得コストを入力します。次に、新規購入者の数を計算します。これは、広告支出/顧客獲得コストにより算出されます。
- 別のタブで、損益計算書の予測に必要な前提条件の設定を開始します。収益／売上高、売上原価、運用費についての前提条件から始めます。
- 売上を予測するために、平均注文金額（商品価格に基づく）、注文に占める払い戻しの割合、注文に占める値引きの割合についての前提条件を入力します。そして、それらの前月比または前年比を行にまたがる形で入力します。
- 売上原価の予測には、製品コスト、履行費用、顧客サービス、取扱手数料に関する仮定を入力し、それらをすべて売上高の割合として記入します。
- 運用費の予測には、従業員数、給与、福利厚生に関する前提条件および広告、家賃などの経費を入力します。
- これら前提条件の上に、損益計算書を作成します。Excelのスプレッドシートでは、これらの前提条件が、収益、純収益、売上原価、売上総利益、運用費、営業利益、純利益を予測する損益計算書の数式にリンクされます。
- 1つ以上の前提条件を変更することで、ビジネスの主要分野に対する変更による影響を確認することができます。
ソフトウェアによる財務モデリングの容易化
スモール・ビジネスやスタートアップのほとんどは、財務モデルを自動化していませんが、この状況は変わり始めています。オラクルの最近の調査(opens in a new tab) によると、アジア・パシフィック全体にわたり、財務プロセスの管理にAIを活用する組織が増加しており、中でもインドのビジネスが73%と最も高い割合を占めてることがわかりました。また、APAC内で、予算編成と予測に自動化を使用する傾向が最も高いのもインドのビジネスでした。
財務モデリングの自動化には、より複雑なデータセットの処理と測の視覚化を支援し、より分かりやすくできるという明確な利点があります。 自動化により精度が高まり、予測にかかる時間が削減されます。
また、実績と予測の容易な比較も可能になります。しかし、自動化された財務モデルがなくても、テクノロジーを活用して 財務諸表作成に必要となる会計プロセスの他の部分を自動化すれば、スピードと精度が向上するため、時間とコストの節約につながります。 たとえば、同じオラクルの調査では、シンガポール企業の47％が財務レポート作成を自動化していると回答しています。
どのスタートアップやスモール・ビジネスにも財務モデリングは必要です。財務管理には、簿記、 財務諸表、予測、資金調達が含まれます。 これらの活動はすべて、ビジネス・オーナーに貴重なガイダンスを提供し、企業の繁栄と成長を支援する意思決定を可能にします。 Frost＆Sullivan(opens in a new tab) がJAPAC全体にわたり起業家を対象として行った調査によると、ほぼ3人に1人(30%)が、ビジネスの成功は健全な財務管理によると回答しています。 財務報告 の数字をよく理解し、レビューの頻度が高いほど、ビジネスが成功する可能性は高くなります。 通常、財務的に健全な企業は、財務のナレッジが豊富で、銀行から資金を調達した経験があり、財務的な健全性が低い企業に比べ、予算策定への取り組みがしっかりしています。
